今回は、誤嚥に関する裁判例(東京地判平成26年9月11日判時2269・38)を扱います。患者さんが蒸しパンをのどにつまらせ窒息したことについて看護師の過失が認められてしまった事例です。
ある病院でくも膜下出血の緊急手術を受けたAさん(60歳、男性)が、術後5日目の昼食中、蒸しパンをのどにつまらせ窒息してしまいました。
Aさん側は、この窒息に起因して、精神障害2級の後遺障害を負ったと主張し、病院側に対し、損害賠償を求めました。
主な争点(看護師の過失に関するもの)
看護師に適切な食事介助を怠った過失があるか
『適切な食事介助を怠った過失あり』
① 食事介助をする看護師はどのような注意義務を負うか
【患者Aの状態】
本件事故当日は、手術から僅か5日後、Aの意識状態はJCS3であり、してはいけないことやしても良いことを理解する能力が低下し、食事を摂取するにあたり、自分の嚥下に適した食べ物の大きさや柔らかさを適切に判断することが困難な状況にあって、食べ物を一気に口の中に入れようとしたり、自分の嚥下能力を超えた大きさの食べ物をそのまま飲み込もうとしたりする行動に出る可能性があるのみならず、嚥下に適した大きさに咀嚼する能力も低下しており、Aの食事介助に当たる看護師は、そのことを十分に予測することができる状況であった。
【食事の内容】
さらに、パンは唾液がその表面部分を覆うと付着性が増加するといった特性を有し、窒息の原因食品としては上位に挙げられる食品であること、は広く知られている。
【看護師が負う注意義務の内容】
食事介助をする看護師は、蒸しパンが窒息の危険がある食品であることを念頭に置き、Aが蒸しパンを大きな塊のまま口に入れることのないように、あらかじめ蒸しパンを食べやすい大きさにちぎっておいたり、Aの動作を観察し必要に応じてこれを制止するなどの措置を講ずるべき注意義務を負う。
②本件看護師の食事介助について
看護師は、蒸しパンを食べやすい大きさにちぎって与えることをしなかったことは明らかであるが、それ以上に具体的にどのようにAの動作を観察し、対応したかは証拠上不明である。→看護師には、適切な食事介助を怠った過失がある。
術後に限らず、自身の嚥下能力を正しく判断できない患者さんに対しては、適切な観察と対応が求められます。本判決は、食事介助を行うときには、 患者の状態だけでなく、食事内容についても考慮すべきであると示しました。皆さんにとって当然のことかもしれませんが、改めて、食品の特性により、 私たちの負う注意義務の内容が変わることに注意しなければなりません。
あと一点重要なことは、看護を提供したら「記録に残すこと」です。本判決のように、看護師がどのようなことをしたか「証拠上不明である」と言われてしまうのはとても残念です。気をつけましょう。